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遙かなるシルクロード その16

シルクロードの旅 8日目
~西安~
 シルクロードの旅もいよいよ今日で終わり。今日半日観光して空路上海へ。

 まずはシルク絨毯工場へ。要するに土産物である。結構なお値段である。でも国内で買うよりはうんと安い。肝要はその時現物を確認して自分で持って帰ることである。決して別送などしないことである。
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絨毯を編んでいるところ。細かい作業である。1枚折るのに1年かかるとか。
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陝西省博物館
 周、秦、漢、唐の時代を中心に陝西地方の古代歴史を今に伝える。唐代の建築様式を採り入れた館内には、1000年以上にわたる都の文物が陳列されており、あらためて西安の史跡の多さに驚かされる。大雁塔の近くにあり、その規模は故宮博物館についで中国第2位の大きさ。なかでも唐代の巨大彩色壁画の数々には目を見はる迫力がある。(徹底ガイドPLUS)

警察官というより国立の博物館などの警備員みたいである。あちこちの施設にいました。
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博物館の玄関ホールには、巨大な唐時代の石獅子が置かれている。高さ3.1メートル、重量20トンもあり、則天武后の母の墓の前に置かれていた石像のレプリカで、この博物館のシンボルだそうだ。
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これは北京原人。頭蓋骨から復顔するとこうなるということ。
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三彩の焼き物が.お宝鑑定団に出したらどんな値段がつくのだろう。
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背中に楽兵(?)を載せた駱駝の俑
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 その他諸々です。
 見る時間はそう長くないけど見るものはたくさんあります。それであとで画像を見ても能書きが無ければ何だったか思い出せません。一人でゆっくり1日かけてみないとだめです。それかちょっと高いけどガイドブックを買ってくる。
 ということで展示物を羅列します。

緑彩孔雀陶灯

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お釜、用途は何だったかな?
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牛の形をした青銅の酒器。背中から入れて口から出るようになっています。
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兵馬俑の顔写真。一人一人みんな違うのです。
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白磁双龍柄土瓶
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博物館はどこも立派ですがゆっくりと1日かけてみないと十分理解できないほど内容が濃いです。
歴史を少し勉強して,現地を見て、実物を見て立体的にイメージしていったら旅もまた充実したものになるでしょう。

さようなら西安~シルクロード
西安の旧市街は城壁で囲まれています。城壁の中を城内といいますこの城壁を出ると郊外です。
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鼓楼です。大きな太鼓が並んでいます。中国にはあちこちに太鼓があります。
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鐘楼です。
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この鼓楼と鐘楼はバスの中からの観光で詳細はこちらのサイトでご覧下さい。
西安の誘惑(1)鐘楼と鼓楼

城壁をくぐってバスは西安空港へ。
シルクロードの旅は間もなく終わりです。
by dd-dinosaur | 2012-04-30 22:30 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(0)

遙かなるシルクロード その15

シルクロードの旅 7日目
~西安~
大雁塔

 市街中心部の南、慈恩寺の境内に立つ七層の塔。玄奘がインドから持ち帰った経典の保存と翻訳のために建立を進言し、唐代652年に完成した。高さは64.5m、塔内には螺旋階段があり、最上層からは市内を見渡すことができる。入口の南側には玄奘の像が立ち、背後の大雁塔
と重ねて写真を撮る観光客が絶えない。
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今回の旅行最後の夕食は「餃子パーティ」いろんな種類の餃子が次から次に出てきます。
種類はすっかり忘れてしまいましたが、今まで食べたことの無いようなものがあってまあまあおいしかったです。
これは見本の飾りです。
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こちらが食べる方。
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夜の市街地散策
観光スポットだけでは面白くありません。一般庶民のくらしはどうなのかも興味津々です。しかし、なかなかそういうところには出会いません。夜の街へぶらり。
果物が出ていますが買って食べたりはしません。明日は帰国だからいいかもしれないけど・・・
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屋台というかカフェテリアと行ったらいいのかわかりませんがとにかくそこで調理して食わせてくれる食堂です。肉を焼き野菜類を湯がいて出します。
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シシカバブを焼くお兄さん。その手つきを動画でご覧あれ。

勇気を出してシシカバブを身振り手振りで求めるMさん。何とか1本ゲット。
明日は日本に帰るから大丈夫だと・・・
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by dd-dinosaur | 2012-04-30 14:37 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(3)

遙かなるシルクロード その14

シルクロードの旅 7日目
~西安~
兵馬俑つづき
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幌(?)付きの馬車
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発掘されたときの状況
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博物館の出口。中国ならではです。いろんな動物の毛皮があります。人受かってけって今の敷物にしたかった。価格は尋ねる暇がなかった。
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兵馬俑のみやげ。行った人しか買わない(笑)
家人に説明しておかないと埃かぶった廃棄物と間違えられて廃棄されそう。
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これは同行の一人の方はしつこい売り子から1000円(約80元)で買われました。
土産物店には同じものが50元でありましたが定価なんかあってもないようなもの。5割引の値段で交渉しました。30元で折り合いがつきました。出口のところで売り子の青年が1000円と行ったので30元で買ったと言ったら10元でいいといいました。いったい原価はいくらなんだ!
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日本人を見ると何でもまとめて「センエン、センエン」と行ってしつこく食い下がってきます。無視です。目を合わせない。

兵馬俑を発見した農民の揚さんのレストランと土産物店。大もうけしたそうです。
中でゆったりと煙草をくゆらしています。写真を撮ると20元です!
ちゃっかり商売しています。写真集を買うとサインしてくれます。まるでスター気取りです。
みやげはぼったくり値段でした。同じものが空港の土産物店で10分の1でした(ーー;
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~華清池~
 西安中心郡の北東30km、驪山の麓にある温泉地。747年に唐の玄宗が華清宮として整備し、毎年冬になると楊責妃とここで過ごしたという。2人のロマンスは白居易の『長恨詩』などで有名だ。
 現在は広い庭園で、発掘された湯殿などが見学できる。西安事件の際に蒋介石が滞在した地でもある。
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楊貴妃の像です。
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楊貴妃専用の風呂です。4人ぐらい一緒には入れそうです。
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温泉の源泉。
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ここには温泉もありましたが,広い湯船などはないそうです。中国では湯船に浸かる習慣はないそうです。みんなシャワーだそうです。


~碑林公園~
見事な書の碑がたくさん。
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日本人の書も
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by dd-dinosaur | 2012-04-30 13:51 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(0)

遙かなるシルクロード その13

シルクロードの旅 7日目
~西安~
はじめに
 今から2500年以上前、中国大陸は「春秋時代」と呼ばれる戦乱の世にあつた。
「春秋五覇」と称される英雄たちや「戦国七雄」(斉、楚、燕、韓、魏、趙,秦)の国々が様々な治乱興亡を繰り返していた。
 その中で次第に勢力を拡張したのが秦。秦は強大な軍事力を背景に戦国の6国を次々に滅ぼし、BC221年に中国を統一、全国に郡県制を施行し、中央集権体制の基礎を築いた。しかし、始皇帝の死後lま国が乱れBC209年に大規模な農民反乱「陳勝・呉広の乱」が勃発。秦は、辛くもこの反乱を鎮圧するが、これに乗じて台頭した項羽と劉邦により、BC208年、3代15年間の短い命脈を絶った。劉邦が漢を建国するのはこの4年後のことだった

 始皇帝の事業として第一に挙げるべきは、万里の長城に象徴される大規模な土木事業だ。これは、天下を統一した後、対外戦争に備えて行われたもので、運河や軍事道路といった輸送網の整備、外敵に備えた砦の建設など、軍事目的の事業が随所で行われた。
 また、首都・咸陽を強大なものとすペく富豪12万戸を咸陽に移住させると共に、その周辺に首都を守る衛星都市を建設するなど、その規横は想像を絶するものとなった。こうした事業と並行して、彼が自らの死後の世界のために取り組んだのが、兵馬俑と陵墓(秦始皇帝陵)の建造だった。(るるぶ シルクロード・西安から)

秦始皇帝陵
 隣西省西安市の北東郊外にある秦始皇帝陵は、紀元前210年頃に築かれた。風化などにより規模は縮小しているが、建造当時は東西・南北約500m、高さ約80mという大きさだった。始皇帝は生前から死後もかわらぬ暮らしができるよう、壮大な地下宮殿建造に着手した。宮殿の全貌は今も明らかになっていない。
世界遺産である。
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後方の小山が陵である。
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兵馬俑
 地下に埋められていた推定8000体と言われる実物大の兵士、馬、戦車の陶俑。
これらが発見されたのは1974年。当地の農民が井戸を掘り起こそうとした際、その-部が偶然に発見された。これが後の1号坑の一部で、その後、関係機関による調査を経手二号坑、三号坑と発掘が続き、2000年には秦始皇帝陵の六号坑から8体の文官俑が、同年夏には秦始皇帝陵の東北部で青銅製の鶴、白鳥、雁などが配された七号坑(水鳥坑)が発見された。同時代の一次史料として学術的価値も高く、現在も更なる発掘が続けられている。現在公開されているのは、一号、二号、三号の各坑と出土品を展示する文物展示館。1987年には秦始皇帝陵とともに世界遺産に登録された。

 兵馬俑は、発掘された坑の内容から、一号坑が歩兵を中心とした右軍、二号坑が騎馬軍や戦車隊を中心とした左軍、三号坑が軍司令部と考えられている。この他、中軍と考えられる四号坑も発掘されたが、中からは1体の兵馬偶も発見されなかったため、奏末の混乱で完成しなかったものと推測されている。兵馬偶は実在の軍団を模した構成になっており、その意味については諸説あるが、秦始皇帝陵と首都・成陽を防衛するための軍隊とする説が有力だ。その規模や写実の精巧さは、同時代の他の発掘物を圧倒する存在感を持っており、奏以後、漢代にかけても兵馬偶は造られたが、実物大規模の巨大な兵馬俑は、この姶皇帝のものだけと言われている。(るるぶ シルクロード・西安から)
兵馬俑博物館入り口
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一号坑
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内部はこのようになっています。坑全体を体育館の中に入れたようになっています。
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日頃見るのはこんな感じの画像が多いので全体がこうなっているとは知りませんでした。
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これは修復中の兵馬俑。修復して元の通りに並べていくのです。
一号坑は修復して元の通りにするのだそうです。
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二号坑の原型。兵馬俑の上に葦などと土を交互において埋められているそうです。
これはこのままで1号坑のように発掘しないそうです。
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一部はこのようにして展示されています。これは高級軍吏俑、着ているものが違います。
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3号坑、発掘されたままを展示しています。これは修復しないそうです。
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発掘直後の兵馬俑。このように彩色されたものもありますが出土と同時に色は変色してしまったそうです。
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発掘された4頭立ての馬車。傘がついていますがそこに貴人が立つようになっています。
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by dd-dinosaur | 2012-04-30 12:04 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(0)

遙かなるシルクロード その12

シルクロードの旅 6日目(その2)
~懸壁長城~
険しい崖に作られた長城。
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登ると30分といわれて後ずさりしたがせっかくだからと思い登ることに。
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汗だくになって休み休みでやっと頂上付近に
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頂上から
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絲綢之路を通った先人の像
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15:00嘉峪関発西安行き国内線に乗り一路最終目的地西安へ
がんかに大陸がみえる。北欧のフィヨルドみたいな峡谷がたくさん平らな大地に筋を付けている。
(かすんでいて見にくいですが)
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現地時間19:00夕食にありつく。今日は比較的早い時間でした。
西安火鍋です。要するに日本のしゃぶしゃぶです。日本人が教えたんではないのかな。
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薬味とタレです。
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by dd-dinosaur | 2012-04-28 07:43 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(4)

遙かなるシルクロード その11

シルクロードの旅 6日目
~嘉峪関~
渤海湾に始まり、6000kmにも及ぶ万里の長城の最西端の砦がそびえる町。北京の整備された長城に比べると風化が目立つ。
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                                               図版は(徹底ガイドPLUS)による

砂漠にそびえる3層の城楼は、約6,000kmにわたる長城の最西端。南方の吐蕃(チベット族)の侵入を防ぐために明代、常勝将軍と呼ばれたた馮勝将軍によって建てられた。当時は400人の兵士が常駐していたという。

ここから入ります。
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案内です。
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砦の中に入りました。
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国内旅行の皆様です。富裕層は海外旅行、その次の層は国内旅行だそうです。
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砦の中を歩いて行きます。
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城壁の上を回ります。遠くに雪をいただいた山脈が見えます。
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これが長城の跡。長城というと北京周辺のあの立派なものしかイメージにありませんが、このような形で残っているものもありますし、先に紹介した漢長城のようにかなり風化したものもあります。
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ここは出口です。ここを抜けると荒涼としたゴビ(不毛の地)が眼前にずっと広がっています。
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by dd-dinosaur | 2012-04-28 07:07 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(0)

遙かなるシルクロード その10

シルクロードの旅 5日目
~敦煌・・・莫高窟~
朝から夜光杯の工場に見学に。というよりも夜光杯を買わせるための企みです。
石を削って作ります。暗いところで光を当てるときれいに光って見えるのです。何もしないで置いておくと古いものと思われて捨てられそうな感じであります。
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鳴砂山の砂丘、朝日が当たって影ができて立体的に見えます。
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さあ、いよいよ山場の莫高窟
 336年に開削が始まって以来、1000年にわたり約1000もの石窟が彫られ、各時代の仏教芸術が残された砂漠の大画廊。
 独自の仮定で敦煌文書の謎に迫った井上靖「敦煌」の原作および映画の主題とも言える場所。
西夏軍に包囲され落城寸前の敦煌にて、超行徳は大使・曹延寿が集めた古今東西の責重な経典、記録頬を燃え盛る書庫から救い出す。その責重な人類の宝を、西夏の略奪から守るために砂漠を越えて運び込んだ場所が莫高窟だ。
 映画では極彩色の壁画や塑像など実際の内部撮影が行われたほか、開削作業や壁画を描く人々の様子
も描かれている。
 敦煌文書が誰により何の目的で作られたのか、真相は解明されていない(るるぶ情報板 「シルクロード・西安」による)
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ここは大仏殿なのです。中に入ると下の画像にある大仏様がおわします。
内部が狭いので巨大に感じます。奈良の大仏とどちらが大きいのだろう。
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残念ながら内部は撮影禁止。絵はがきからいくつかを見てみましょう。
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今日は新設の敦煌市博物館内部も撮影禁止。それで画像はあまりありません。
いろんな分厚い解説書が販売されていましたが買いませんでした。帰ってみると買っておけば良かったと後悔しています。ガイドの説明を聞いているときはわかったような気になっていますがメモリーの容量が最近減少しているのでたくさん記憶することがあると前の記憶は消去されてしまいます(笑)

今夜の宿泊地 嘉峪関へ向かいます。ポプラ並木の真っ直ぐな道が続きます。今日の走行距離450km。
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遠くから見るとこんな感じ。斜めに並んでいる白い棒は葡萄を這わせる添え木です。
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by dd-dinosaur | 2012-04-26 20:38 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(1)

遙かなるシルクロード その9

シルクロードの旅~4日目
~・敦煌~

西域への玄関口となった二大関所、陽関と玉門関
 敦煙の西にあった2つの関所、北の玉門関と南の陽関。ともに敦煌一帯が漢民族の支配地域に入つた前漢代に設置された。往事は重要な軍事拠点でもあり、多い時で2万人以上の兵士が駐屯していたという。
 後に、これらの関所より西が漢民族の支配の及ばない「西域」と考えられるようになった。唐の詩人・王維は「西のかた陽関を出ずれば 故人無からん」と詠み、これより西が前人未踏の土地であることを詠った。

 西域へ通じる重要な関門だった玉門関は、古来より攻防の地として詩にもよく詠まれている。唐代の詩人李白は、「漢は下る白登の道。胡はうかがう青海の湾。由来征戦の地。見ず人の還るあるを」と、この地を詠じている。玉門関の中ではシルクと玉が交換された。
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玉門関の通用口、ここを抜けると漢民族にとっての「西域」となった。
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漢長城

2000年の間横たわる敵の侵攻を防いだ長城
 西域からの攻撃に備え漢代に作られた長城跡。玉門関の西10kmほどにあり、その距離150km、崩れたり分断されたりしているところも多いがこの周辺は構造もはっきりしており烽火台も見られる。
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鳴砂山

鳴沙山は砂礫が堆積してできた砂山で、強風に舞う砂の音が管弦や太鼓のように響くという。この砂漠地帯は昼夜の温度差が激しく、日中は砂が熟くてとても登れない。しかし、夕日のなか金色に輝く姿は、昼間とは別世界のような幻想的な美しさを見せてくれる。砂丘は東西約40kmにわたって莫高窟まで続いている。
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駱駝に乗って砂丘を散策します。
    月の沙漠を~は~るばると旅の~駱駝が~
心は王子様気分です。ほんとはおじさまですが(笑)
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途中で砂丘上りをします。
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降りるのは草スキーなら砂滑り、そりに乗って一気におります。
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約2000年という時を刻みながら、絶えることなく湧き続けているといわれている泉。古来神仙が住む場所として寺院が建てられたこともあった。現在の月牙泉は東西218m、南北54mで深さは平均5mほど。以前は、今の約5倍の大きさだったという。周りを砂丘で囲まれているにもかかわらず、これまで砂に埋もれてしまったことがないということである。
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by dd-dinosaur | 2012-04-26 06:50 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(0)

遙かなるシルクロード その8

シルクロードの旅3日~4日目
~トルファン・・・敦煌・~
トルファンの観光を終えて今夜は中国鉄路の体験。寝台列車(軟臥/一等寝台)に揺られて敦煌へ向かいます。
ここはトルファン駅、多くの中国人でごった返しています。写真を撮っていると公安とおぼしきあんちゃんから「うぉいうぉいうぉい!」ととがめられました。
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コンパーメントの中です。
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廊下です。
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降りたのは柳園駅、ここkらばすで敦煌へ向かいます。
タクシーはVWのSANTANAが多いです。これってまだ生産しているのかな。
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by dd-dinosaur | 2012-04-25 23:16 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(0)

遙かなるシルクロード その7

シルクロードの旅(3日目②)
~トルファン・・・民家訪問・高昌故城・火焔山・ベゼクリフ千仏洞~
旅行では訪れることのない民家を訪問。葡萄農家です。
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この辺りは葡萄の産地、あちこちの家に干しぶどうを作る室みたいなところがあります。
2階部分の蜂の巣みたいなところが葡萄を干すところです。
家屋全体は日干し煉瓦で作られています。夏涼しく冬暖かいそうです。
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この民家の干しぶどうは安全だとガイドが言ってました。自分の家で食べるのは消毒などできるだけしないそうです。(笑)
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安いのは数年前の残りの干しぶどうを着色したり薬品で燻蒸したりして売るそうです。そんなあやしい干し葡萄を水につけてみると着色剤が溶けて出てきました!!
安いのを買ったらだめだといってました。おいしいのは高い。
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これは小さなな粒の高級品
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品定めをする人、インディ・ジョーンズではありません(笑)
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次は孫悟空の話で有名な火焔山へ。
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”火の山、すなわち火焔山は炎熱の地トルファンの代名詞といわれるほど有名である。トルファン盆地の北端に長さほぼ100kmにわたって屏風のように連なる山脈が火焔山であり、ウイグル語では「クズロダゴ」と呼ぶ。 火焔山は16世紀の明で呉承恩が書いたとされる小説『西遊記』にも登場する。西遊記では炎が上がる山として描かれている。”(ウィキペディア他)

ベゼクリク千仏洞
 市街の北東45km、火焔山の北麓、木頭溝の断崖にあるベゼクリク千仏洞は5~6世紀の高昌国の時代に開かれた。83の窟が約1kmにわたって点在する。石窟内には美しい仏教壁画があったが、イスラム教徒や西洋の探検隊に剥がし取られ、現在ではわずかしか残っていない。
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窟の前でもの悲しげな曲を弾くおじいさん。
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窟の中の壁画。窟内は撮影禁止です。これは絵はがきからです。
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高昌故城
玄奘が立ち寄り仏教を講じた王国の跡
市街地の南東46kmにある一辺約1.5kmの土壁で囲まれたほぼ正方形の城趾
柔然が漢民族の傀儡政権を樹立した460年に都とした高昌城の遺跡。
歴史的には、漢代の武帝が置いた郡が独立したことに始まる。628年頃には、玄奘三蔵も高昌国に
立ち寄って講義をしたといわれている。しかし、その直後には、唐によって滅亡の一途をたどった。
大地には広い範8削こ土を固めて仕上げた城壁が残り、城を取り囲んでいる。故城は一辺が約1.5km
の四角形という大きなもので、唐代には西域経営の中心地となり国際商業都市として栄えた。
その繁栄ぶりはかなり荒廃してしまった今の故城からもうかがうことができる。
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馬車で巡ります。
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by dd-dinosaur | 2012-04-24 05:03 | 旅&ウォッチング | Trackback | Comments(1)


どら猫とら吉とたそがれライダーの雑貨屋的な日記。日々のよしなしごとや遊びや下手の横好きの結末etc.を徒然なるままに・・・・・・


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